2012年10月02日

よわむしなおばけ

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昨日たまたま新古書店で廉価に
北杜夫 作 和田誠 絵 の
「よわむしなおばけ」という本を購った

風船のような形の、三つ目のかわいらしいオバケが
好奇心から人間の街を訪れて
小さな女の子とは友達にはなれたけれど
大人たちとの行き違いから
結局人間たちとうちとけられずに
オバケの国に帰ってしまう話
まあ それだけなのだけれど
その素朴な挿絵と たあいなくも気の置けない文章で
なんだか良かった 

おたがいに
見た目の奇異さや
生活の習慣の違いが
なんとなくの障害になって心が通わないことが主題で
ただ
面白いのは
オバケは恐いという常識をまた裏返して
このお話では恐がっているのはどちらかというとオバケの方で
オバケは人間がおそろしくて人間の世界を逃げ出してオバケの国に帰ってしまい
そのオバケの国でまた人間の恐ろしさを吹聴するから
オバケ達の間には人間は恐ろしいという固定観念がすっかり定着して
人間とオバケの接点はすっかり無くなってしまう。

寓意を強調しているようなお話では無いけど
最後には
「でも、また それもざんねんですね。
 にんげんでも おばけでも、
 みんな ともだちになって、
 あいてを ごわがらせずにすむ せかいに
 なってほしいと、
 みなさんも おもいませんか? 」
と しめくくってある。

わたしは ストレートなメッセージみたいなものが大の苦手で
少し考えてみれば誰のこころにも浮かんでくるようなことを
あらためて発言する事など必要ないと思っていたりする

また
充分に咀嚼した上で、自分自身を通過した自分の思想として
云うので無ければ
どこかに書いてあることや 誰かか言った事を 繰り返しても仕方がない

音楽や映画や本に対しての評価や意見、また想いみたいなものも
自身として思想思索が充分に発展していないのなら
公に発言したって仕方ないなあくらいに思っているので
ましてや
世の中のことなんか「引用(^_-)♬」で済ませるのは私の流儀ではないのだけれど
この本を読んで
その他の多くの優れた「子供の本」と同じように
ああ
すでに「今」言うべきことは要約されているなと感じたのだった。

それから
「あいてを ごわがらせる」また
「あいてを こわがる」というのはつまり
人と人の関係では無いと言うことで
それは
オバケと人間 だったり
お腹を空かせたライオンと 人間または小さめの草食動物の関係だったりする。。
つまり
対話を諦めてしまっているということだったり
対話の可能性を見出せないということなのだと思う。

もちろん
そのようではなくなればと
「おもいます」けれど(^_-)♬

ひひひ


posted by nuduca at 12:03| 夢の中から覘く窓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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